Tさんとしても、誘われて悪い気はしない。ふたつ返事とは言わないまでも、おおいにK氏の話に興味を持った。詳しく調べてはいないが、どうやらA社の業績も好調で、伸ばし甲斐もありそうだ。何よりも「取締役財務部長」というポストが気に入った。これまで培った財務のノウハウを思う存分活かせるではないか。そう思ったTさんは、数週間迷ったものの、結局A社に転職することにした。ところが、入社後のTさんを待ち受けていたのは、過酷な現実だった。
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K氏のプレゼンも、まるっきりウソというわけではなかったが、Tさんが調べれば調べるほど続々と課題が噴出してくる始末である。特にTさんのメイン業務となる財務状態は極めて悪く、会社を伸ばしていくどころか、いかに縮小均衡にもっていくかを考えねばならないような状態だった。業績アップの勢いに任せて採用した結果、水膨れ気味になった組織人員も淘汰していかなければならない。自ら社内をまわって拾い集めた課題一覧を前に、Tさんは次第にモチベーションを下げていった。「別にやってやれないことじゃないんです。財務の建て直しもリストラも、それがミッションなのであれば遂行出来たでしょう。ただ、社長が事前にそういった仕事が待ち受けている、と二言も言わなかったのが気に入らないんです。正直に言ってくれていたのであれば、それはそれで検討したんですが……」最初のボタンの掛け違いは、修復されることなくTさんの胸の中に欝積していった。彼がA社に辞表を提出しだのは入社後わずか二ヵ月目のことである。